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【百科事典】 北条義時

北条義時 とは
北条 義時(ほうじょう よしとき)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将。鎌倉幕府の第2代執権。伊豆国の在地豪族・北条時政の次男。源頼朝の正室・北条政子の弟。得宗家当主。 源氏将軍が途絶えた後の、鎌倉幕府の実質的な最高指導者。幕府と朝廷の対立が激化すると、後鳥羽上皇より北条義時追討の宣旨が全国に発布され朝敵となるも、幕府軍は京都に攻め上り、朝廷を制圧(承久の乱)。戦後に天皇を廃し3人の上皇を配流した。 生涯 青年期 北条時政の次男として生まれ、江間小四郎と称した。母ははっきりしていないが、系図には「伊東入道の娘」とある。義時が15、6歳の頃に姉の政子が伊豆の流人であった源頼朝の妻となっている。治承4年(1180年)8月17日、義時は父・時政、兄・宗時と共に頼朝の挙兵に従うが、石橋山の戦いで大庭景親に敗北して宗時が戦死する。頼朝、土肥実平らは箱根山から真鶴半島へ逃れ、28日、真鶴岬(神奈川県真鶴町)から出航して安房国に脱出した。時政・義時も別ルートで前日に安房に脱出し、現地で頼朝と合流した。

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